池田健二氏連載開始┃私の旅日記「無賃乗車でパリへ」

池田健二氏が連載を開始しました。

メルマガで先行配信してたものを、こちらでご紹介いたします。

目次

私の旅日記 11月29日号 本日のテーマは「無賃乗車でパリへ」

今年の9月17日、フランス航空の275便で成田空港を飛び立ち、
パリのシャルル・ドゴール空港に向かいました。

2019年の秋以来ですから、3年ぶりのヨーロッパの旅ということになります。
空港でのチェックインがどうなっているのか、飛行機はいったいどこを飛んで パリに向かうのか、時間はどれくらいかかるのか、わからないままの旅立ちでした。 成田空港は第二ターミナルの片側だけしか開いていませんでした。
人影も少なく、ガランとした感じです。

驚いたのは両替の窓口が閉まっていたことです。
都内の銀行でも両替窓口が無くなっていましたので、空港で両替するつもりでした。 これには困りました。
出国の手続きは変化はなく、人が少ないのでスムーズでした。 さて、飛行機はロシア上空を回避してどこを飛ぶのでしょうか。 結論から言えば、アリューシャン列島、アラスカ、北極、ヨーロッパという ルートです。
もう少し大回りすれば、あの懐かしいアンカレッジを通る ところでした。時間は思っていたほど長くはなく13時間30分ほどでした。 やっと到着したシャルル・ドゴール空港は、この3年の間にさらに拡張 されていました。

シャルル・ドゴール空港内ターミナル

フランスはもはやコロナのための特別な対応はありません。 入国もスムーズだと思っていたのですが、違っていました。
空港の職員が足りないためなのか、いろいろな場所が混雑しているのです。 とくにパスポート・コントロールの前に長蛇の列ができていて、 通過するのに1時間近くかかりました。 スーツケースの受取りが心配でしたが、こちらも遅れていたのでしょう。 タイミング良く荷物が出てきました。

さあこれで一安心と思ったのですが、それからホテルに到着するまでが またまた大変でした。
個人旅でパリに入るときには、私はパリ・ディレクトのバスを使っていました。 昔のエールフランス・バスです。
スーツケースを押しながらいつものバス乗り場に 行くと、バスがいないのです。それどころが、バス停そのものが無くなっているのです。 後からわかったことですが、2020年に運行を停止したとのことです。 乗客がいなくなったわけですから、当然と言えば当然のことです。 しかし、日本にはその情報が届いていなかったのです。

その場所にアフリカ系の大男の係員が立っていて、別のバス乗り場を指さし、 そこにいるバスに乗れと言うのです。
そこに何台かのパリの市バスが 停車していて、スーツケースを持った旅行者がまわりに群れをなしています。
これも後からわかったことですが、空港からパリ市内に向かう高速地下鉄 (RER)も工事で止まっていたのです。
私だけではありません。 この日に空港に到着してパリ市内に向かおうとしている旅行者は みな同じ運命です。

さて、この市バスはどこへ向かおうとしているのでしょうか。 たぶん誰も知らなかったと思います。最初はパリ市内まで運んでくれるものと思っていましたが、到着したのは 名前も知らない田舎の駅でした。
バスから降りると係員が停車している列車に乗れと言うのです。 でも鉄道のチケットなど持ってはいません。
駅舎を見るとそこにも長蛇の列ができています。 私は意を決して、チケットがないまま、どこに向かうかわからない列車に 乗り込みました。そして車内の掲示を見て、やっとパリに向かう列車で あることが確認できたのです。

これも後からわかったことですが、パリから北に向かう高速地下鉄は 空港の少し手前で二つに分かれています。
バスで連れて行かれたのは、その二つに枝分かれした路線の、空港ではない、 もう一方の終点の駅だったのです。
こうして乗り込んだ列車は静かに発車し、パリの北駅に向かいました。 車内はガラガラです。
なぜなら、バスに同乗していた旅行者たちは まだチケットを買うために駅に並んでいるからです。

さて、駅に着いて自動改札機を出るときにどうすれば良いのか、 これが次の問題です。
パリの地下鉄では駅から出るときに改札機を通る必要はありません。 しかし、高速地下鉄だけは改札機を通る必要があるのです。 パリの北駅についてから、高速地下鉄の別路線に乗り換え、めざすリヨン駅に 到着しました。

リヨン駅

さあ、これからが戦いです。 駅員を見つけて事情を説明し(フランス語で)、無賃乗車の罰金(10倍くらい)を 逃れて、後払いで改札機を抜ける必要があるからです。 ちなみに、通常の料金が日本円で千数百円ですから、10倍であれば、一万円以上 になります。
しかし、駅員が見つかりません。 そのとき、やっと思い出したのです。 以前にパリで買った地下鉄のチケットの残りが一枚あったので、 出発前に上着のポケットに入れていたことを。
パリではカルネという10枚単位のチケットを買うので、使い残しが出るのです。 しかし、入るときに機械を通していないチケットですから、出るときに有効なのか どうかわかりません。おそるおそる改札機に入れると、扉がスッと開くではないですか。 フランス語ではこういうときに「サイエ」と言います。 ヤッタゼという意味です。

セーヌ河岸の カフェ

こうしてパリへの長い移動が無事に、いや無事ではなかったのですが、 何とか終わって、ホテルに到着することができました。 今回の旅の苦難と幸運を予告するような出来事でした。

つづく…                                              

(池田健二)


池田 健二(イケダ ケンジ)
1953年広島県尾道市生まれ。上智大学文学部史学科卒。同大学大学院博士課程修了。 専攻はフランス中世史、中世美術史。91年より毎年『ロマネスクの旅』を企画し全ヨーロッパのロマネスク教会を詳細に調査する。上智大学や茨城キリスト教大学などで長年にわたり歴史や美術史を講義する。訳書に『ヨーロッパ中世社会史事典』(藤原書店)、共訳書に『中世の身体』『中世とは何か』『ヨーロッパの中世-芸術と社会』(藤原書店)、『ロマネスクの図像学』『ゴシックの図像学』(国書刊行会)、著書に『フランス・ロマネスクへの旅』『イタリア・ロマネスクへの旅』『スペイン・ロマネスクへの旅』(中公新書)。

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