池田健二氏連載┃わたしの旅日記最終回「ケルン、そして再びパリ」

池田健二氏の連載第六弾。

メルマガで先行配信していたものを、こちらでご紹介いたします。

目次

わたしの旅日記 最終回のテーマは「ケルン、そして再びパリ」

ケルンで早めにレンタカーを返却したことを前回お話ししましたが、そのため、夕方に空き時間ができました。

ケルンのホテルは駅の近くであったため、目の前に大聖堂がそびえています。さっそく観光に出かけました。

ケルンは第二次世界大戦で繰返し爆撃を受け、市街の八割が破壊されてしまいましたが、大聖堂だけは標的から外され、生き残りました。そのため、戦後に再建された建物が並ぶ市街に、ゴシックの大聖堂が寂しげに立ち尽くしています。それでも大聖堂はケルンの象徴であり、ここだけは観光客で溢れていました。

しかし、今回のケルン訪問の目的はゴシックの大聖堂の取材ではありません。この都市に残るロマネスク教会を撮影することでした。

ケルンにロマネスク教会があることはあまり知られていません。しかし、再建された市街のあちらこちらに、12もの個性に富んだロマネスク教会が点在しているのです。

これらの教会も大戦時の爆撃による破壊を免れることはできませんでした。その後、各教会の信者たちは長い年月をかけて自分たちの教会の修復と再建に取り組みます。

その粘り強さと生真面目させはドイツ人ならではのものです。復興の作業が終わったのは1980年代になってからでした。こうして12のロマネスク教会は見事に蘇りましたが、観光的な知名度はまだまだです。ケルン観光局は、ここがゴシックだけでなくロマネスクの町であることを懸命にPRしている最中です。

私にとって今回は三度目のケルン訪問でした。翌日の朝、重い三脚を背負ってロマネスク教会の取材を始めました。ザンクト・マルティン、ザンクト・マリア・イム・カピトール、ザンクト・ゲオルグと次々に訪れてまわり、撮影を進めました。

ケルン-ザンクト・マルティン教会
ケルン-ザンクト・ゲオルグ教会

観光客の姿はほとんどありません。撮影の制約もありません。すべての名を挙げることはしませんが、どの教会も規模が大きく、建築もそれぞれに個性があり、正確に修復されていました。

ケルン-ザンクト・ゲレオン教会

ザンクト・ゲレオンの教会では同世代の係員(訪問客を迎える係の信者)にお礼を言うことができました。私の所属する四谷のイグナチオ教会は、現在の教会を建る時に、ケルンのカトリック教会から多大な献金をいただいたからです。この日はケルンのロマネスク世界に浸りきった、心満たされる一日でした。

その翌日の午後、TGVに乗ってパリに戻りました。アーヘンとブリュッセルに停車しますが、ケルンとパリを一本で結ぶ列車があるのです。本当に便利な時代になりました。

その車内でやっと一息つきました。もうレンタカーを運転する必要もないし、旅の課題もほぼ済ませたからです。

車窓には北フランスの平らで広々とした田園が広がっていました。ドイツの旅は喜びより苦しみの方が多かったかもしれません。それでも、ラインラントとケルンは私のデジタル写真によるロマネスク取材の旅で、最後に残っていた大きなデスティネーションでした。ホッとしたのは、35年に渡る長い撮影の旅(フィルムで20年、デジタルで15年)の終わりが、やっと見えてきたからでした。

パリで良いホテルに出会いました。前半のホテルはリヨン駅の近くでしたが、後半のホテルはモンパルナスの近く、ダンフェール・ロシュローの駅を出たところにあります。

この駅、あまり名は知られていりませんが、いくつもの地下鉄の路線や高速地下鉄が交差するたいへん便利な駅です。

ホテルは二つ星で、名前はリオンです。

パリ-オテル・ド・リオン
パリ-オテル・ド・リオンより

2階にあるレセプションで鍵をもらい、8階に上がってドアを開けると、簡素で気持ちの良い部屋でした。バスタブもあります。窓からはモンパルナス・タワーやリュクサンブール公園が遠望できます。気に入りました。そうすると、残るパリの3日間の滞在が明るく輝き始めました。

残る取材の対象はフランス・モニュメント美術館とルーヴル美術館です。

そろそろ今回の旅を締めくくることにします。3年ぶりの長い旅でした。コロナの間にフランスは、パリは、そしてドイツはどう変わったのか。それを確かめるための旅でもありました。たしかに、変わっていました。綺麗になっていたのです。

観光客相手の土産物屋やカフェの多くは閉店し、フランスはフランス人のためのフランスに、パリはパリジェンヌの、パリジャンのためのパリに戻っていました。ヴァカンスが終わった9月末であったためか、そこでは普通の日常生活が営まれていました。そのため、自分が孤独な異邦人であることをより強く意識させられました。

考えてみると3年間で自分自身も変化しているのです。その間に体力は衰え(旅のために鍛えていたつもりですが)、気力も衰えました。旅のストレスにも弱くなりました。それでもまだ旅じまいには早すぎる。まだ旅を続けたいと思うのです。

フランス語に「ラ・ヴィ・コンティニュ」という言葉があります。「それでも人生は続く」と訳します。深い苦しみや悲しみを乗り越えて前に進むための言葉です。われわれの旅も3年間の喪失を乗り越えて前に進みます。「ル・ヴォワイヤージュ・コンティニュ」「それでも旅は続く」のです。


池田 健二(イケダ ケンジ)

1953年広島県尾道市生まれ。上智大学文学部史学科卒。同大学大学院博士課程修了。 専攻はフランス中世史、中世美術史。91年より毎年『ロマネスクの旅』を企画し全ヨーロッパのロマネスク教会を詳細に調査する。上智大学や茨城キリスト教大学などで長年にわたり歴史や美術史を講義する。訳書に『ヨーロッパ中世社会史事典』(藤原書店)、共訳書に『中世の身体』『中世とは何か』『ヨーロッパの中世-芸術と社会』(藤原書店)、『ロマネスクの図像学』『ゴシックの図像学』(国書刊行会)、著書に『フランス・ロマネスクへの旅』『イタリア・ロマネスクへの旅』『スペイン・ロマネスクへの旅』(中公新書)。

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