池田健二氏連載┃わたしの旅日記「ひさびさのプロヴァンス」 

池田健二氏の連載第三弾。

メルマガで先行配信していたものを、こちらでご紹介いたします。

目次

私の旅日記 本日のテーマは「ひさびさのプロヴァンス」

ディジョンのホテルを発つ日になりました。この日は再びTGV(高速鉄道)に乗って、プロヴァンスのアヴィニョンをめざします。しかし、そのまえにまず朝食です。

ホテルで食べても良いのですが、自宅での朝食はトースト1枚とカフェオレとヨーグルトです。毎日それだけですから、ホテルのダイニングにいろいろ並んでいても、たくさん食べる気にはなれません。

この日の朝食は、駅のパン屋で、パン・オ・ショコラ(クロワッサンの生地にチョコレートを巻き込んで焼いたパン)とカフェオレにしました。そのパン屋は東京にも出店している「ポール」です。ポールはフランスでは急速に店舗数を増やしています。ちなみに合わせて6ユーロほどでしたから、特に高いわけではありません。

TGVでアヴィニョンに行くためには、リヨンのパール・デュー駅で乗り換える必要があります。9時32分にディジョン駅を出て、アヴィニョン駅に到着したのは12時42分でした。

昼に何を食べたのか思い出せません。いや食べてないかもしれない。個人旅では旅程の関係で昼食を取らないことはめずらしくありません。そのおかげで旅の終わりには数キロ痩せてしまうのですが。

着いてすぐに駅前にあるエイビス・レンタカーのオフィスに向いました。そこの社員が手続きの後で奇妙なことを言うのです。「借りた車の写真は絶対に撮らないでください」。

車はチェコのシュコダの大きなSUVでした。何かワケありの車だったのでしょう。レンタカーは予約時に小型や中型などのサイズ指定はできますが、車種の指定はできません。行ってみなければ、何が出てくるかわからないのです。もちろん左ハンドルのマニュアル車です。このワケあり車でアルルに向かいました。

今回のプロヴァンス訪問には三つの目的がありました。
アルルのサン・トロフィーム大聖堂の回廊の撮影、アルルの市街の撮影、そして近郊のサン・ジルの教会の撮影です。

サン・トロフィームの回廊は長いあいだ修復工事で閉まっていました。工事前の回廊は柱や柱頭が真っ黒く汚れていて、何が刻んであるのか判別できない状態でした。工事が終わるのを心待ちにしていましたが、終了の報が届いたのは2014年でしたので、その春にアルルを訪れました。

ところが、修復工事がまだ半分(北側)しか終わっていなかったのです。やむなく翌2015年の春に再訪しました。ところが、終わったはずの東側に、まだ工事の足場が残っていたのです。それ以来、この回廊を訪れる機会がないままにコロナが始まったのです。「完璧な状態」の回廊を撮影する、その夢が今回の訪問でかないました。写真を載せておきますのでどうぞ見てください。

サン・トロフィーム大聖堂
サン・トロフィームの回廊

二つ目の目的がアルルの市街の撮影です。
アルルは市街のあちらこちらに古代と中世の遺構が点在する魅力溢れる町です。サン・トロフィーム大聖堂だけでなく、古代の遺跡や古い家並みを撮影してまわるのも夢見ていたことです。

アルルの円形闘技場
アルルの共和国広場

幸いなことにアルルでは晴天に恵まれました。9月後半でしたが町行く人々は夏の服のままでした。その光の下で、あの古代劇場や円形闘技場を、また古代フォーラムのあった場所を撮影しました。狭い通りには小さな個人商店が並んでいて、そのショーウィンドを覗くのも楽しみです。日本では地方都市の商店街は空き店舗ばかりで瀕死の状態ですが、アルルでは古い商店街がまだ生きていて、何か懐かしい気持ちにさせられます。本当に素敵な町です。

三つ目の目的は修復なったサン・ジルの修道院教会の撮影です。
サン・ジルはアルルから20数キロ西にある古い町ですが、そこに行く交通手段がありません。バスさえないのです。今回、レンタカーを借りたのはそれが理由でした。

サン・ジル修道院教会のファサード

サン・ジルの教会は、凱旋門のような建築構成の西正面に、キリストの受難と復活を刻む見事な帯状の浮彫があることで知られています。アルルの大聖堂と並ぶプロヴァンス・ロマネスク彫刻の傑作がここにあるのです。しかし、真っ黒く汚れたままでした。そのため、修復されるのを心待ちにしていたのです。コロナの最中に工事が進み、それが終わって白くなったことをインターネット上の写真で知りました。旧市街を囲む城壁の門を抜け、中世には巡礼たちが歩んだ道を少し進むと、真っ白く変身した修道院教会の正面が見えてきました。誰もいません。光も十分です。こんなに心の踊る一瞬はめったにありません。それから3時間、この西正面に張りついて、数百枚の写真を撮影しました。ロマネスクの至福に浸った時間でした。

今回のフランスの旅は、オータン、ヴェズレー、アルル、サン・ジルと、いずれも修復の終わったロマネスクを撮影することが目的でした。その目的を果たして、安心してパリへ帰途につきました。帰りはアヴィニョンからパリへの直行便でした。とはいえ、旅はまだ続きます。パリで一泊して今度はドイツに旅立ちました。その話は次回また。


池田 健二(イケダ ケンジ)

1953年広島県尾道市生まれ。上智大学文学部史学科卒。同大学大学院博士課程修了。 専攻はフランス中世史、中世美術史。91年より毎年『ロマネスクの旅』を企画し全ヨーロッパのロマネスク教会を詳細に調査する。上智大学や茨城キリスト教大学などで長年にわたり歴史や美術史を講義する。訳書に『ヨーロッパ中世社会史事典』(藤原書店)、共訳書に『中世の身体』『中世とは何か』『ヨーロッパの中世-芸術と社会』(藤原書店)、『ロマネスクの図像学』『ゴシックの図像学』(国書刊行会)、著書に『フランス・ロマネスクへの旅』『イタリア・ロマネスクへの旅』『スペイン・ロマネスクへの旅』(中公新書)。

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