池田健二氏連載┃わたしの旅日記「ドイツ、苦難の旅-シトロエン」

池田健二氏の連載第五弾。

メルマガで先行配信していたものを、こちらでご紹介いたします。

目次

わたしの旅日記 本日のテーマは「ドイツ、苦難の旅-シトロエン」

前回、マンハイムでレンタカーを交換してもらった話を書きましたが、新しい車の名前を間違えていました。ルノーではなくシトロエンC5です。ドイツでフランス車を運転するというのも変な話ですが、この車しか残っていなかったのでしょうがありません。

旅程はすっかり遅れてしまい、昼食を食べないままに、シトロエンでヒットラーが作らせたアウトバーンを走り、マインツに向いました。

アウトバーンといえば、速度制限が無いことで知られています。実際に走っていると、130㎞や100㎞の制限がある区間もあるのですが、それ以外の区間はたしかに無制限です。

道路の状態がどうかといえば、古いアウトバーンであるせいか、道幅はそれほど広くなく、カーブも多いのです。その道路をベンツやBMWの高級車が150㎞以上のスピードで平然と走って行きます。車間の距離は東京の首都高なみに詰まっています。要するに日本では考えられないくらい恐ろしい走行状況なのです。

シトロエンC5もそれなりのサイズのSUVなので、ドイツ車に負けないように150㎞で走りましたが、強いストレスを感じました。その上、雨が降り始めたのです。まったく楽しくないドライブでしたが、スピードが早いので、たちまちのうちにマインツに到着しました。

マインツはフランクフルトの近くにある歴史的な都市で、中心に大きなロマネスクの大聖堂がそびえています。日本から持参したガーミンのカーナビ(日本語を喋ります)の指示に従ってその大聖堂に向いました。

どこに駐車するかが問題です。まずは大聖堂まで行ってみることにしました。日曜の午後ですから、大聖堂の周辺は人出で賑わっています。その間をぬうように大聖堂に近づきました。

マインツの大聖堂

そのとき、車の進入禁止の表示があることに気づいたのです。そこから出るためにはUターンする必要があります。やっとスペースを見つけて車をバックさせたのですが、そのとき軽い衝撃を感じました。車止めのポールに後部が接触してしまったのです。こんなとき、フランス人なら「モンデュー」と叫びます。イタリア人なら「マンマミーア」、アラブ人なら「インシャラー」でしょうか。

今の車は、バックするときには障害物があるとセンサーが検知し、警告音が鳴ります。この車もそうだろうと思い込んで、後部を十分に目視しなかったのが原因です。

車を降りて確認すると、手のひらくらいの浅い凹みと擦り傷ができていました。自分の車でも同じことがあれば気持ちが凹みますが、レンタカーですからなおさらです。とはいえ、マインツの大聖堂を前にして、めげてばかりはいられません。とりあえず取材を済ませ、それから対処の方法を考えることにしました。

私はもう半世紀近く運転しています。ヨーロッパで運転するようになったのは50代の後半でした。以降、ほぼ毎年こちらで運転しています。走行距離も数万キロになっているはずです。その間、違反はありますが、事故はありませんでした。そのために慢心していたのでしょう。

レンタカーを借りるときに最低限の保険は自動加入になっていますが、すべてを保障する任意の保険には加入していませんでした。反省しましたが後の祭りです。初めての経験ですから、修理費がどこまでどのように保障されるのか、まったくわかりません。その不安を抱えたままで旅を続けることになりました。

この日はマリア・ラーハの修道院が終点で、その近くにあるホテルに投宿の予定でした。小さな湖の辺に孤立する修道院で、ロマネスク教会の美しさはラインラントでも屈指です。

夕暮れのマリア・ラーハ修道院

到着時にはまだ何とか夕暮れの光が残っていて、静けさの中で、その輝きに浸りました。ホテルはすぐ近くです。日中いろいろあって疲れ果てていましたので、部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込みました。

でも夕食が問題です。昼食も取っていません。かといってレストランに食べに行く元気はありません。そこで湯沸かしポットを部屋に持ってきてもらいました。ジャパニーズ・ティーを飲むために、という口実でです。本当は日本から持参したカップ麺にお湯を注ぐためでした。今回の旅では何食分か日本食を用意しました。初めてのことです。それが役に立ちました。

翌朝、ホテルのレストランで朝食をたっぷり食べて、修道院の再取材に出かけました。ドイツはずっと曇ったり降ったりでしたが、この朝だけは晴れていました。修道院の東側は大きな園芸店の私有地で立ち入れませんが、早朝ですのでまだ誰も出勤していません。しめしめです。庭木の並ぶ畑をそっと抜け、朝日に輝く教会の後陣にたどり着きました。撮影成功です。

朝のマリア・ラーハ修道院

マリア・ラーハを発ってアウトバーンに乗るとまた雨です。この日の最初の目的地はボン近郊のシュヴァルツラインドルフでした。内部をロマネスク壁画が埋めつくす素晴らしい教会です。

シュヴァルツラインドルフの教会

しかし、この日は月曜日で、休館日なのです。なぜか旅程を組むときにそのことを忘れていました。開いていることを願って行ってはみましたが、やはりダメでした。その時点で気力が尽きてしまったのです。午後はアーヘンを訪れる予定でしたが、諦めました。早めにケルンに入ってレンタカーを返却し、ホテルに入ることにしました。

ところで、レンタカーの事故の結末が気になりませんか。もちろん返却時に車のキズを確認してもらい、マンハイムの営業所には事故報告のメールを送りました。保険が適用される範囲も書類で確認してみましたが、専門用語ばかりで判然としません。もはや、レンタカー会社からの連絡を待つしかありません。

残る旅の間中、ずっと待ち続けましたが、連絡が来ません。帰国後も待ち続けていますが、連絡が来ません。4ヶ月たってもメール一本来ないということは、自動的に入った保険でカバーされたのでしょうか。真相は不明なままです。とはいえ問い合わせるのも藪蛇ですし、そっとしておきます。こんなことでめげてはいけない、旅を続けなさい、との旅の神様の思し召しなのでしょう。

さて、次回はケルンのロマネスクと最後のパリ滞在の話です。最終回です。


池田 健二(イケダ ケンジ)

1953年広島県尾道市生まれ。上智大学文学部史学科卒。同大学大学院博士課程修了。 専攻はフランス中世史、中世美術史。91年より毎年『ロマネスクの旅』を企画し全ヨーロッパのロマネスク教会を詳細に調査する。上智大学や茨城キリスト教大学などで長年にわたり歴史や美術史を講義する。訳書に『ヨーロッパ中世社会史事典』(藤原書店)、共訳書に『中世の身体』『中世とは何か』『ヨーロッパの中世-芸術と社会』(藤原書店)、『ロマネスクの図像学』『ゴシックの図像学』(国書刊行会)、著書に『フランス・ロマネスクへの旅』『イタリア・ロマネスクへの旅』『スペイン・ロマネスクへの旅』(中公新書)。

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