池田健二氏のロマネスク写真館7回目の投稿となります。
池田健二氏が撮った美しい写真と解説をどうぞお楽しみください。
第7回のテーマ-「オータンのロマネスクの柱頭10選」
ロマネスクにはさまざまな魅力があります。教会の内部の柱とアーチを繋ぐ逆台形の石材、これを柱頭と呼びますが、この柱頭に施された彫刻、柱頭彫刻も重要なチャームポイントです。
柱頭彫刻にはさまざまなモチーフが刻まれています。その多くは古代芸術の伝統を受け継ぐアカンサスやパルメットなどの植物文様ですが、ロマネスクの時代には『旧約聖書』『新約聖書』『聖人伝』などにもとづく「聖なる物語」の諸場面も彫刻されるようになります。
柱頭に刻まれたそれらの図像を読み解くのもロマネスクの楽しみ方の一つです。もっとも、そのためにはキリスト教図像学についてのある程度の知識が必要なのですが。
柱頭彫刻の作風は、地域により、教会により、作者により、それぞれに異なります。今回は柱頭彫刻の世界の入口として、フランスのオータンの大聖堂の柱頭から10の作品を選んで紹介します。どれもがロマネスクの柱頭彫刻の傑作です。
1.「マギの礼拝」の柱頭
オータンの柱頭は12世紀の前半にギスレベルトゥスという彫刻家が刻んだものです。その名を刻んだ銘文が残っているのです。場面は3人のマギたちが幼児イエスを訪ねて礼拝し、贈物を渡すところです。図像名は「マギの礼拝」です。マギは博士もしくは王と解釈されています。マギと向き合う聖母マリアと幼児イエスの無垢な表情が印象的です。マギたちはそれぞれに異なる仕種で、それぞれに異なる贈物を手にしています。
2.「マギへの夢のお告げ」の柱頭
最初の3つの柱頭は、19世紀の修復で元の場所から取り外されて、参事会室に展示されているものです。場面は「マギへの夢のお告げ」です。マギは礼拝を終えたあとに一休みします。そのときマギの夢に天使が現れ、ヘロデ王に幼児の生まれた場所を告げることなく故郷に戻るようにとのメーセージを告げます。マギたちは一つのベッドに寝ていて、天使が指に触れたマギだけが目を開けています。ロマネスクで愛された図像です。
3.「エジプトへの避難」の柱頭
ヘロデ王はマギが報告のために戻らなかったことに怒り、イエスと同時期に生まれた幼児たちを皆殺しにさせます。父親のヨセフは夢のお告げでそのことを知り、幼児イエスと聖母マリアを驢馬に乗せてエジプトに逃れます。これが「エジプトへの避難」です。ここでも幼児と聖母は怖れを知らない無垢な表情をしていますが、剣を担いで驢馬の手綱を引くヨセフは苦悶の表情をしています。ロマネスクの魅力溢れる作品です。
4.「荒れ野の誘惑」の柱頭
これは身廊にある柱頭です。イエスは30歳を過ぎてからヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けて宣教活動に入ります。その間に荒れ野を40日間彷徨い、悪魔から3度の誘惑を受けます。この場面では悪魔が高い建物の上に立ってイエスを誘惑しています。「神の子ならここから飛び降りたらどうだ」と言っているのでしょうか。そのときイエスは「主を試してはならない」と答えるのです。緊張感の漲る場面です。
5.「ノリ・メ・タンゲレ」の柱頭
キリストの復活の一場面を刻んだ柱頭です。復活したイエスは最初にマグダラのマリアの前に出現します。マグダラのマリアは番人だと思ったその人物がイエスであると気づき、すがりつこうとしますが、「私に触れてはいけない。まだ父のもとへ上っていないのだから。」とたしなめます。この前半の言葉のラテン語が「ノリ・メ・タンゲレ」です。触れようとするマグダラのマリアと身をかわすイエスの姿が印象的です。
6.「聖ステファノの殉教」の柱頭
この柱頭に刻まれているのは『新約聖書』の「使徒言行録」に記された聖人の物語です。ステファノはエルサレムの初代教会が任命した7人の助祭のうちの一人でしたが、ユダヤの最高法院で堂々とイエスの教えを説いたため、石打ちの刑で殉教することになります。頭上には天使が現れてこの最初の殉教者を祝福しています。ステファノの頭にいくつもの石がくっついているのはロマネスクの定型表現です。
7.「魔術師シモンの上昇」の柱頭
伝説では、聖ペトロと聖パウロはローマで宣教し、最後にはネロ帝による迫害で殉教したことになっています。これはその伝説の一場面です。ネロ帝にはシモンという魔術師が仕えていました。ペトロとパウロはネロ帝の前でシモンと信仰をめぐって論争します。あるときシモンは魔術を使って空を飛んでみせます。足には羽根が付いています。大きな鍵を振り上げているのが聖ペトロ、その後ろに立つのが聖パウロです。
8.「魔術師シモンの墜落」の柱頭
前の柱頭では魔術師シモンが空を飛んでいましたが、ペトロとパウロが神に祈ると、魔術が解けたシモンは地上に落下して死んでしまいます。ここではシモンが墜落する瞬間が刻まれています。向かいに悪魔がいるのは、シモンの帯びている悪魔性を目に見える形で表現したものと思います。ロマネスクの柱頭にはしばしば悪魔が登場します。その悪魔の表情がどこか憎めないのもロマネスクの特徴でしょうか。
9.「ノアの箱舟」の柱頭
『旧約聖書』の冒頭の「創世記」に「ノアの箱舟」の話しがあります。神は自分が創造した人間たちを、その罪深さゆえに、大洪水によって滅ぼそうとします。そのとき、神は正しい人であるノアに箱舟の建造させ、ノアの一族と、すべての動物たちや鳥たちの一つがいずつだけを、箱舟に乗せて救ったのでした。この柱頭の箱舟はまるで鳥籠のようです。ノアの一族が箱舟に乗り込んでいますが、動物たちの顔も見えています。
10.「獅子の穴のダニエル」の柱頭
『旧約聖書』の最後の方に「ダニエル記」という文章があります。ダニエルはネブガドネツァル王によってバビロンに捕囚されたヘブライの若者です。優秀なダニエルは王に仕えて夢解きの才能を発揮します。続いてペルシア王ダレイオスに仕えたダニエルは、陰謀によってライオンのいる穴に投げ込まれますが、ライオンは彼を襲いませんでした。神は預言者ハバククを遣わしてダニエルに食事を届けさせます。左はその場面です。
いかがでしたでしょうか。次回も是非ご覧ください。