フランス・ロマネスクのタンパン10選┃ロマネスク写真館

池田健二氏のロマネスク写真館4回目の投稿となります。

池田健二氏が撮った美しい写真と解説をどうぞお楽しみください。

目次

第4回のテーマ-「フランス・ロマネスクのタンパン-10選」

ロマネスク教会は彫刻や絵画で飾られることがあります。

しかしそれは、あくまでも教会建築の特定の場所に刻まれたり描かれたりするものです。そのため、その芸術は建築的な枠組みに制約されることになります。これを「枠組みの法則」と言います。

その枠組みを代表するのがタンパンです。
英語ではティンパヌム、イタリア語ではルネッタと言いますが、ここではフランス語のタンパンを使います。

教会の扉口のアーケードの上部、その半円の部分を埋める石版のことをタンパンと呼びます。
教会に入るときにまず目に映る場所ですから、キリスト教信仰の上でも最も重要な主題が刻まれることになります。「最後の審判」がその代表でしょうか。

今回はフランスのロマネスクの中でも傑作とされる10の作品を選び出して紹介します。

1.ヴェズレーのタンパン

ブルゴーニュ地方のヴェズレーの丘に建つサント・マドレーヌ教会。その西正面ではなく、ナルテックスにこのタンパンがあります。主題は「聖霊降臨」です。五句節の日にキリストが使徒たちに聖霊を降し、聖霊を受けた使徒たちは突然さまざまな言葉をしゃべりだす、という場面です。その言葉を用いる国に宣教する使命が使徒たちに与えられた瞬間です。場面の表現はダイナミックで、浮彫の作風は繊細で流麗です。周囲の枠の中に刻まれているのは、これから宣教すべ異教徒たち、異邦人たちの姿です。

2.オータンのタンパン

ブルゴーニュ中部のオータンにあるサン・ラザール大聖堂の正面扉口を飾るタンパンです。場面は『マタイの福音書』による「最後の審判」で、審判者キリストの右手に天国と義人たちを、左手に地獄と罪人たちを表現しています。下のまぐさ石に刻まれているのは蘇える死者たちで、そこにギスレベルトゥスという作者の銘も見て取れます。天使と悪魔が大活躍する壮大な審判図です。修復で洗い上げられて綺麗になったのは良いのですが、鳩の侵入を防ぐためのスチール線が手前に張られたのは残念です。

3.ヌイイ・アン・ドンジョンのタンパン

ブルゴーニュの南西端の小さな村ヌイイ・アン・ドンジョン。そこに建つサント・マドレーヌ教会の西正面を飾る小さなタンパンです。図像の主題は「マギの礼拝」なのですが、聖母子とマギの足元にはライオンと牛が伏せていて、背後では5人の天使がラッパを吹いています。降誕した救世主が、最後には審判者となることを予示しているのでしょうか。下のラントーでは、アダムとエバの原罪が左に、シモン家での饗宴が右に刻まれています。さまざまな解釈が可能な謎めいたタンパンです。

4.モンソー・レトワールのタンパン

南ブルゴーニュのブリオネは黄色い石灰岩の産地です。モンソー・レトワールのサン・ピエール教会の小さなタンパンはその石に刻まれています。図像は「キリストの昇天」です。マンドルラの中に立つキリスト。そのマンドルラを、二人の天使が空を舞いながらは持ち上げています。下では中央に立つ二人の天使が使徒たちに主の昇天を告げ、弟子たちは驚きながらそれを見上げています。作風はヴェズレーに似ていて、浮彫は優美で繊細です。一枚の石版から彫り上げた見事なタンパンです。

5.アルルのサン・トロフィームのタンパン

プロヴァンスの古都アルルに聖トロフィームに捧げる大聖堂が建っています。その正面扉口を飾るタンパンは、シャルトルの「諸王の扉口」の中央に刻まれた「荘厳のキリスト」を手本にした作品です。しかし、作風はどこまでもプロヴァンス的です。キリストや四福音書記者の象徴の造形は古典的ですし、周囲を縁取る文様はギリシアで生れたものです。ラントーに座る使徒たちは石棺の浮彫に似ています。タンパンは二十数年前の修復で白く洗い上げられました。それまでは真っ黒だったのですが。

6.コンクのタンパン

サンティヤゴ巡礼で栄えたコンクの修道院はルエルグの山中にあります。聖女フォワに捧げるその教会に、『マタイの福音書』による「最後の審判」を刻む素晴らしいタンパンがあります。そこでは大勢の登場人物がさまざまな場面を演じています。審判者キリスト、天使や聖人、修道院の縁者、そして悪魔や罪人。恐ろしい場面のはずですが、なぜか楽しいのです。登場人物がみなチャーミングに表現されているからでしょうか。状態は完璧で、彩色も薄く残っています。ラテン語による銘文での説明も親切です。

7.モワサックのタンパン

ラングドックにあってクリュニー修道院の支援で復興したモワサックのサン・ピエール修道。その教会の南扉口を飾るタンパンはヴェズレーのそれと双璧を成す傑作です。『ヨハネの黙示録』の冒頭に記されたヨハネの幻視した場面を図像化したもので、ベアトゥス写本の挿絵が手本であると言われています。審判のために雲に乗って再臨するキリスト、それを見上げながら楽器と杯を掲げて讃美するユダヤの長老たち。硬質でシャープな浮彫の線はラングドック・ロマネスクに共通する特徴です。

8.ボーリューのタンパン

歴史的にケルシーと呼ばれた地方にあるボーリュー・シュル・ドルドーニュの修道院はやはりクリュニーの支配下で繁栄しました。南扉口を飾るタンパンは「最後の審判」を主題としていますが、図像の構成は独特です。中央には両手を広げた審判者キリストが座し、左右には使徒たちが列を成しています。下の二段に刻まれているのは黙示録の恐怖を象徴する怪物たちです。福音書と黙示録のイメージが入り交じった審判図です。作風はモワサックに似ていて、ラングドックの彫刻家の作と思われます。

9.カレナックのタンパン

ケルシーのドルドーニュ川の美しい谷にはロマネスク教会が数多く残っています。カレナックのサン・ピエール修道院の教会のその一つです。修道院は中世の城壁に固まれていて、城門をくぐると、すぐに教会のタンパンが見えてきます。黄色い石灰岩に刻まれた小振りのタンパンで、中央に荘厳のキリスト、左右の二段に十二使徒を刻んでいます。独特の構成の審判図と見ることもできる図像です。作風はラングドックのものですが、登場人物の表情と仕種がどれも愛らしく、見る人を飽きさせません。

10.サイヤックのタンパン

サイヤックもまたケルシーにある小さな村です。二つの四角い塔が目印のサン・ジャン・バティスト教会ですが、西の塔の下はポーチになっていて、そこに小さなタンパンが隠れています。その図像の主題は「マギの礼拝」で、無垢な表情の幼子の前に贈り物を持ったマギたちが進み出ています。ヨセフも贈り物に関心を寄せているようです。その一方で、ラントーには黙示録の怪物と竜がうごめいています。彩色はいつの時代のものでしょうか。「可愛い」としか言いようのないタンパンです。

いかがでしたでしょうか。次回も是非ご覧ください。

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