池田健二氏のロマネスク写真館9回目の投稿となります。
池田健二氏が撮った美しい写真と解説をどうぞお楽しみください。
第9回のテーマ-「ロマネスクの交差部の塔10選」
私は東京の深川に住んでいますが、東京スカイツリーは下町のランドマークです。この塔を仰ぎ見ることで自分がいる場所を確認できるからです。
中世の教会の塔も同じ役割を持っていました。町や村の住人にとって、自分の教会の塔とそこから響く鐘の音は、自分たちの生活の基盤であり、自己確認の手段だったのです。
その塔は、教会の正面に聳えている場合もありますが、身廊と翼廊の交差部に聳えている場合もあります。とりわけフランスのロマネスク教会では交差部に建つ塔が教会のチャームポイントになっています。そうした塔の姿は地方により教会によりさまざまに異なります。
今回はフランスのロマネスク教会の交差部の塔から、その姿が美しいものを選び出しました。この10選でロマネスクの塔の建築美の世界に遊んでください。
1.セックヴィル・アン・ベッサンの塔
北ノルマンディーの小さな村セックヴィル・アン・ベッサンのサン・シュルピス教会に聳える塔です。ロマネスクの時代、ノルマンディーでも数多くの大小のロマネスク教会が建設されましたが、そのどれもが交差部に塔を具えています。この塔は三層のギャラリーに飾られた方形の建築で、頂上に鋭い尖塔を戴いています。ヴァイキングの末裔である武勇に優れたノルマン人のキャラクターを象徴する勇壮な塔です。
2.シャペーズの塔
南ブルゴーニュのシャペーズ村のサン・マルタン教会は、11世紀初頭の初期ロマネスクの建築として有名です。北イタリアのロンバルディアから招かれた建築家が手がけた教会で、交差部の塔にはロンバルディア様式の特徴が明確に現れています。小さな割石で築かれた壁面、何層にも浮かび上がるロンバルディア帯、スレンダーなシルエット。その姿は教会に接して建つイタリアの鐘塔(カンパニーレ)を想わせます。
3.アンジー・ル・デュックの塔
南ブルゴーニュは魅力的な小教会が数多く点在している場所です。アンジー・ル・デックのノートルダム教会はその代表格の名教会です。ご覧のとおり、その交差部の塔は八角形で三層からなり、ロンバルディア帯で縁取られた各層には、二連アーケードを抱く開放的なギャラリーが続いています。これぞロマネスクという塔です。八角形の塔はブルゴーニュでは一般的なのですが、三層構成はこの教会だけです。
4.ウシジーの塔
トゥールニュの南にあるウシジーの村。その中心に建つサン・ピエール教会の塔はブルゴーニュでは珍しい方形をしています。11世紀の初期ロマネスクの建築だからでしょうか。小さな割石で築かれた塔は、当初は四層の構成でした。各層にはそれぞれに異なるアーチ状の開口部があり、建築家の工夫が見て取れます。最上部の五層目は16世紀の宗教戦争の時に周囲を監視するために増築された部分です。
5.サン・タンドレ・ド・バジェの塔
南ブルゴーニュの中心都市マコンの郊外、サン・タンドレ・ド・バジェの教会の交差部に聳える塔は、12世紀のままの姿を留めています。八角形で三層からなる塔ですが、各層の建築造形はそれぞれに異なります。閉じられた二連アーケードのギャラリーが連なる一層目、開かれたアーケードと閉じられたアーケードを重ねた二層目、開かれたアーケードだけが並ぶ三層目。頂上は八角錐の屋根で終わっています。見事です。
6.サン・サテュルナンの塔
オーヴェルニュには五つのよく似た建築構成のロマネスク教会があります。サン・サテュルナンの村のノートルダム教会はその中で最も規模が小さいのですが、交差部の塔は高く評価されています。なぜなら、この塔は12世紀の建築時のままの姿を保っているからです。塔は落雷などで壊れやすいのです。八角形の二層からなる塔で、下層のギャラリーには装飾的な縁取りがあります。八角錐の屋根もオリジナルです。
7.オルシヴァルの塔
オーヴェルニュ南部、中央山地の谷にあるオルシヴァルの村は、聖母への巡礼地でした。ノートルダムの名で呼ばれるロマネスク教会には木彫の聖母子像があって、今も崇敬を集めています。交差部の塔は12世紀の後半の建築でしょうか。ギャラリーの外側のアーチは浅い尖塔形をなしています。スレート葺きの二重の屋根は後の時代に整えられたものです。サン・サテュルナンと同じく、建設時の姿を残す趣のある塔です。
8.ポワティエのノートルダム・ラ・グランドの塔
ポワティエはロマネスク都市です。市内に多数のロマネスク教会が残っているからです。なかでも最も有名なのは美しいファサードを誇るノートルダム・ラ・グランド教会です。交差部の塔もまた魅力的です。下二層は方形ですが、三層目は円形で、屋根も円錐形です。その各層は、ポワティエ独自の装飾的な石積みと多彩なアーケードで装飾されています。屋根の鱗状の石積みも他の部分とよく調和しています。
9.コロンジュ・ラ・ルージュの塔
西南フランスのケルシーは個性的なロマネスク教会が点在する地方です。赤い砂岩による家並みで有名なコロンジュ・ラ・ルージュの村にも、聖ペトロに捧げるロマネスク教会が残っています。やはり赤い砂岩による建築です。その交差部の塔は複雑な構成で、下の二層は方形なのですが、上の二層は多角形の複雑な形状をしています。円錐形の屋根は後代の作でしょうか。たいへんユニークな塔です。
10.ノートルダム・ドービュンヌの塔
プロヴァンス地方。ダンテル・ド・モンミライユの山並みが始まる場所に、ノートルダム・ドービュンヌ礼拝堂が孤立しています。その交差部の塔はプロヴァンスのロマネスクに特有の個性を見せています。石灰岩で築かれた方形の塔。その四方に浮かび上がる縦溝を刻む浅い柱は、この地に残る古代建築から学んだものです。下層のギャラリーを縁取る小円柱と柱頭も古代風です。小さいけれど堂々とした塔です。
いかがでしたでしょうか。次回も是非ご覧ください。