池田健二氏のロマネスク写真館14回目の投稿となります。
池田健二氏が撮った美しい写真と解説をどうぞお楽しみください。
第14回のテーマ-「ペーニャの回廊の柱頭10選」
アラゴンのピレネー山麓、大きく張り出した岩壁の下に建てられたサン・ファン・デ・ラ・ペーニャの修道院。
その回廊にいかにもロマネスクらしい大胆で愛らしい表現が魅力の柱頭群があります。回廊の四辺のギャラリーの中で残っているのは二辺だけですが、そこに並ぶ二十数個の柱頭の四面に、創世記のアダムとエバの物語と、キリストの降誕から受難に至る物語の諸場面が刻まれているのです。
12世紀後半に活躍したその彫刻家は自分の名を残してはいませんが、この回廊が代表作とされているため「ペーニャのマエストロ」の名で呼ばれています。
その作風の特徴は巧みな構図と登場人物の大きなアーモンド形の眼でしょうか。同じ彫刻家の手になる柱頭やタンパンの浮彫はアラゴンとナバラの他の教会でも見ることができます。ウエスカのサン・ペドロ・エル・ビエホ教会の回廊、アグエロやビオタの教会の扉口、サングェサの教会の扉口などにです。
今回のこの彫刻家がペーニャの修道院の回廊に残した10の傑作(全体の写真を含めて)を紹介します。
1.回廊の全貌
ごらんのとおり、この回廊には屋根がありません。大きく張り出した岩壁が風雨を防いでくれるからです。いつもは暗い回廊ですが、夕方遅くなると西から日差しが入って、西辺が明るく照らしだされます。最初の二つの柱頭はアダムとエバ、カインとアベルの物語を刻んでいますが、残る柱頭はすべてキリストの生涯の諸場面を表現しています。
2.受胎告知
「ペーニャのマエストロ」は、ときに非常に単純化された緊張感のある構図を用います。この「受胎告知」がそうです。大天使ガブリエルは十字架を掲げてマリアが神の子を身ごもることを伝えます。マリアは驚きながらもその運命を受け入れようとしています。天使の翼に重ねて表現された十字架が構図の中心を成しています。
3.ヨセフへのお告げ
ヨセフは何度も眠っているときに神のお告げを受け取ります。最初のお告げはマリアが受胎したのは神の子であるとのものでした。二番目はヘロデ王が幼児を虐殺するので幼子イエスとマリアを連れてエジプトに避難するようにとのお告げです。この場面は第二のお告げの場面と思われます。眠っているヨセフの表情が何とも印象的です。
4.カインがアベルを殺す
これは創世記にもとづく図像です。なぜか分かりませんが、キリスト降誕の物語の中に紛れ込むように表現されています。二つ目の柱頭に「カインとアベルの奉献」がありますから、その結末の場面ということになります。弟アベルの頭上に兄カインが鶴嘴のような農具を降りおろす暴力的な図像で、緊張感に溢れています。
5.カナの婚宴
宣教活動を始めたイエスが最初に行った奇跡を示す場面です。カナの村で婚宴に招かれたイエスとマリアと使徒たち。宴の途中で酒が尽きたことに気付いたマリアがイエスに水を酒に変えることを求める話です。ここでは召使が瓶に水を注いでいて、イエスがその水を酒に変えようとしているところです。後にはマリアや新郎新婦の姿があります。
6.シモン家での饗宴
パリサイ人のシモンの家に招かれてイエスと使徒たちが食卓に着いているとき、罪ある女(マグダラのマリアとされる)が入ってきて、イエスの足元に跪き、その足を涙で濡らし、髪の毛で拭いて、高価な香油を塗る話です。弟子たちはその行為を避難しますが、イエスはそれを讃えて女の罪を赦します。女はまだ立っていて、跪いてはいません。
7.ラザロの蘇えりを願うマルタ
イエスの友人であったラザロは重い病にかかります。ラザロの姉妹であるマルタとマリアはイエスの来訪を待っていたのですが、イエスがベタニアの村に入ったのはラザロの死の4日後でした。村の入口でイエスを迎えたマルタはラザロの蘇えりをイエスに懇願します。妹マリアだとの説もありますが、この行動力は姉のマルタらしいところです。
8.ラザロの蘇えり
ベタニアの姉妹の家に入ったイエスは、死後4日もたって死臭もただよいはじめていいたラザロを見事に蘇えらせます。イエスの行った奇跡の中でも最も難しいものだったはずです。場面ではラザロはまだ横たわったままで、イエスは手を挙げて神に奇跡を求めています。イエスと向かい合う二人の女性はマルタとマリアの姉妹です。
9.エルサレム入城
宣教の旅の終わりに、イエスは受難を覚悟した上でエルサレムの町に入ります。そのとき、エルサレムの若者たちは、木の枝や着ていた衣を地面に敷いてイエスの一行を迎えます。イエスは近くの村で借りさせた驢馬に跨がって入城するのですが、よく見ると、その驢馬の後に子驢馬が見えます。四福音書の一つにそう書いてあるからです。
10.最後の晩餐
濃い髭の大きな目をした登場人物は「ペーニャのマエストロ」ならではですが、図像の構成はオーソドックスです。中央に座したイエスは浸したパンをユダに差し出し、ユダはイエスの皿の上の魚(イエスの象徴)に手を伸ばしています。イエスの胸元に頭を寄せているのは愛弟子のヨハネですが、若いヨハネにも濃い髭があります。
いかがでしたでしょうか。次回も是非ご覧ください。