ヴィックのロマネスク壁画10選┃ロマネスク写真館

池田健二氏のロマネスク写真館18回目の投稿となります。

池田健二氏が撮った美しい写真と解説をどうぞお楽しみください。

目次

第18回のテーマ-「ヴィックのロマネスク壁画10選」

今回の10選はヴィックのサン・マルタン教会にあるロマネスクの壁画を取り上げます。
ヴィックはロワールの谷の南方、ラ・シャートルの町の近くにある小さな村です。そこに建つサン・マルタン教会の内陣と後陣に描かれた壁画は、ロマネスク美術の傑作として広く知られています。

壁画は白、茶、黄、緑などのわずかな色数の顔料を使ってフレスコの画法で描かれています。印象的なのは人物の顔の表現です。眼はギョロリと大きく、濃い眉毛はときに一本に繋がっています。画面の構成は簡素ですが人物の動きはダイナミックです。

描かれているのはキリストの生涯の諸場面です。「受胎告知」に始まるキリスト降誕の物語。「エルサレム入城」に始まるキリストの受難の物語。とりわけ注目すべきは「ユダの接吻とキリストの就縛」を描く一場面です。

ロマネスクならではの自由さと強烈な個性を持つヴィックの壁画を、どうぞ存分にお楽しみください。

1.内陣西壁の壁画の全貌

壁画は内陣と後陣の中だけでなく、内陣の西壁にも描かれています。上段の中央には「荘厳のキリスト」が座し、左右には十二使徒の姿があります。その下の段にはキリスト降誕の物語の諸場面が展開しています。右下に磔刑のキリストの姿が見えますが、これは手前の小祭壇と繋がっています。キリストが人々のために犠牲となったからです。

2.「受胎告知」

この場面でまず目が止まるのは聖母マリアと大天使ガブリエルの眼と眉です。大きく丸い眼は寄り目気味になっていて、太く繋がった眉はまるで棟方志功の版画の人物のようです。頬には赤いハイライトが入っています。ガブリエルはマリアの方に大きく踏み出しながら、神のメッセージを伝え、マリアは驚きながらその言葉を聞いています。

3.「マギの礼拝」

おなじみの「マギの礼拝」の図ですが、人数が足りません。マギが二人しかいないのです。後には騎行する三人のマギが描かれていますのですが。きっとスペースが足りなくなったのでしょう。マギは円い器に入れた贈り物を差し出しています。ここまで見て分かるのは、登場人物の顔の特徴がみな同じであることです。

4.「神殿への奉献」

この場面の下にも小祭壇があります。「神殿への奉献」の図では聖母マリアの差し出す幼子イエスを老人シメオンが祭壇の上で受取っているのが通常です。下に実物の祭壇があるので画家は画面から祭壇を省略したのでしょう。マリアの後に描かれているのは神殿に奉納する山鳩をもった女性はマリアの母アンナなのでしょうか。

5.「荘厳のキリスト」

後陣の半円蓋には定型どおりに「荘厳のキリスト」が描かれていますが、その顔は丸く、眼も丸く、おちょぼ口で、ちゃんとヴィックの顔になっています。光背の左右には身体を反らせた二人の天使がいて、四福音書記者の象徴が周囲を取り巻いています。全体が揺れ動くような動感を帯びている天上世界の図です。

6.「エリサベト訪問」

後陣の左端に「エリサベト訪問」があります。降誕の物語の他の場面は内陣西壁に描かれていますが、なぜかこの場面だけは後陣なのです。理由は不明です。それにしても挨拶の接吻を交わすマリアとエリサベトの表情の何とも魅力的なこと。下に向って大きく広がる二人の衣は全体の造形に力強さを与えています。

7.アーチの天使

後陣と内陣を仕切る壁のアーチに天使が描かれています。二人の天使が向かい合っていたはずですが、残っているのは右側だけです。たくさんの翼がありますから、セラフィムかケルビムを描いたものと思います。首を軽く傾けた天使の表情は優美で愛らしく、どこか東洋的な雰囲気を湛えています。

8.「エルサレム入城」

内陣南壁の上段にはキリスト受難の物語の始まりを告げる「エルサレム入城」が描かれています。大胆に単純化された驢馬に跨がって進むイエス。後に従う二人の弟子たち。木の枝や着ていた衣を地面に敷いてイエスを迎えるエルサレムの若者たち。その緊張感のある構図に、白い衣のドレープが優美なリズムを与えています。

9.「弟子の足を洗う」

イエスは「最後の晩餐」のときに自ら弟子たちの足を洗います。最初に足を洗われたのはペトロでした。ペトロは最初はそれを拒みましたが、イエスに叱責されて受け入れます。この画面でもペトロは困惑したような表情をしています。内陣西壁に描かれた「最後の晩餐」に連続するかたちで、内陣北壁の中段に描かれています。

10.「ユダの接吻とキリストの就縛」

ロマネスク壁画の一大傑作とされる場面です。ユダがイエスに接吻する瞬間ですが、まるで歌舞伎役者が見得を切っているかのようです。そこで時間が止まっているのです。大きく見開かれたイエスの眼差しは、マルコスの耳を切ろうとしているペトロに向けられています。登場人物の衣のひだは画面に大きな動感を与えています。

いかがでしたでしょうか。次回も是非ご覧ください。

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